ささブロ

遊戯王が好きな一般人です。

勝つカードゲームと楽しむカードゲーム

お久しぶりです、sasaemachanです。

 

今回も前回前々回に続き、研究(笑)の足跡的記事にしようと思って筆を走らせました。

 

sasaemachan.hatenablog.com

sasaemachan.hatenablog.com

 

前々回に、一般人とカードゲーマーの意識の違いについて触れましたが、今回はどんな意識の人がカードゲームを好くのか、カードゲームに慣れてきたプレイヤーの中での意識の違いはどう出てくるのかについてメスを入れてみたいと思います。

 

 

 例によって例のごとく

f:id:sasaemachan:20170611010335j:plain

ハートオブクラウン公式サイト

 

また出ました、ハートオブクラウンです。

とりあえずルールは各自で確認して(放任主義

カードに対する造詣を深めるための被験者もとい一緒に遊んでくれた友人たちがこのゲームに興味を示してくれたので、このゲームを主軸にカードゲームに対するプレイヤーの思考を研究していこうと考えました。

 

 

 

ーーー前回記事から約1ヵ月、我々は気が狂ったかのようにプレイを続け、(およそ週3日ペース、1日に3~5試合約6時間)拡張セットを2つも買い、クソ大学生の黄金街道を突っ走った結果...

 

 

 

ちょっとだけ上手くなりました☆

 

...ただ遊んでるだけじゃないか(呆れ)

 

となると何の成果も得られませんでしたぁ!になってしまうので、ここから更に掘り下げてみましょう。

 

カードゲームが好きな人とは

f:id:sasaemachan:20170718012315j:plain

 

先ほど「このゲームに興味を示してくれた」と書きましたが、その内訳は全員男性でした。この男性というのは男女数名にプレイしてもらって、もう一度やってみたいと自分に言ってきてくれた人に同じです。

 

カードゲームは男の遊びだろ(オタク特有の誤った認識)と言ってしまえばそれまでなんですが、なんでこんなにも性別で差が出てくるのかと独自に考えてみました。

 

結局、素人なりに考えてたどり着いたのが、これまでの人生経験に依るのかなぁというところです。

 

女性の人生に関して知識がないので断言はできませんが、男性というのは幼い頃から勝利という価値に触れている場合が多いような気がするんですね。

特にスポーツなんかをやっていると、やっぱり勝敗っていうのが関わってきていて、人生の成功体験に当てはまる人も多いと思います。もちろん勝つだけじゃなく負けることも多いと思いますし、そうして培われた勝利の価値」の味は、ゲームのプレイに如実に表れているように感じました。ぼくも対人戦やレーティングが存在するゲーム大好きです。

 

彼らは負ければ当然悔しがりますし、次勝つためのことを考えます。勝利に対する執念がすごいんです。

複数いるプレイヤーの中で勝てるのはただ一人...TCGにしろ、ハートオブクラウンにしろ、勝利という概念を強く意識させられるゲームは男性が好む傾向にあるのではないかと思いました。

 

しかしゲームをやってみると...

 

先の項で、「男はカードゲームが好き(自明の理)」という誰もが知ってる解を出したわけですが、実際にゲームをやってみると、その中でもさらにプレイや考えの傾向が分岐してきます。

 

ハートオブクラウンのとある2枚のカードを例に取って考えてみましょう。

 

f:id:sasaemachan:20170802194315p:plain

「呪詛の魔女」

コスト:5

リンクマーカー:0

メインタイプ:行動・攻撃

サブタイプ:魔法

効果:

あなたの手札からコスト2以上のカードを1枚選んで追放する。そうした場合、山札のどこにも呪いカードが公開されていない全ての対戦相手は、「呪い」カードを1枚取り、山札の一番下に公開して置く。

手札起動型能力:あなたの手札にある「呪詛の魔女」を追放する。全ての対戦相手は「呪い」カードを1枚獲得する。

 

コストが少し高めの攻撃カード。要するに、「自分のいらないカードを糧にして、対戦相手にゴミ無駄なカードを送りつける」カードです。

デッキ構築型カードゲームであるハートオブクラウンにおいて、自分の構築の意にそぐわないカードを押し付けられるのは非常につらいです。このカードを誰かが購入した瞬間から通称「呪い場」という闘いが始まり、それに適応できるデッキ作りをしなくては勝利から遠のきます。

 

しかし、このカードを扱う側も、呪いを撒き散らしただけでは結局のところ勝利には近づきません。なぜなら、

このカードは相手のプレイを遅らせる効果はあったとしても、自分の勝利条件である「継承ポイントを20点集める」という目標には近づかないからです。

もちろん、自分のデッキのいらないカードを追放(デッキから排除する)ことができるので相対的にデッキの純度は上がりますし、それを見越したデッキ構築を行えば勝利も見えます。

 

総じてプレイヤーをコントロールしつついかに自分が有利になれるか考えてプレイできる面白いカードです。

 

そして、このカードを巡ってこんな会話がありました。

 

(ゲームが終了した直後)

A「あ~、呪詛の魔女でいっぱい邪魔できたんだけど負けちゃったなぁ。」

ワイ「ちょっと魔女買い過ぎちゃうか?ゲーム中盤で遊びすぎな感じがするで。」

A「いや、やっぱ呪いカードでみんなが苦しんでる姿が楽しくてつい...(暗黒微笑)」

 

...恐ろしい子....!

 

確かに、呪いカードが配られたり、手札が呪いを背負い過ぎて何もできないなんてターンは阿鼻叫喚の声が上がりますし、実際呪いを撒く側は面白いと思います。

しかしながら結果として、

「勝ちを目指していたハズなのに、勝つことではなく楽しむことを無意識的に優先してしまっていた。」

というわけで勝てなかったのです。

 

もちろん、ゲームをやるうえで楽しむことは大事だと思います。さらに言えば勝ったうえで楽しめれば最高なのでその辺のバランスは考えないとですが、彼・A君の場合は本人に聞いたところ

「勝ちたいとは思っているんだけど、盤面に出た面白そうな効果のカードを見ると無意識的に使いたくなって結果負けになっちゃう。」と言ってました。

これはいけない。(慈愛の心)

 

皆さんもこんな経験ありませんか?好きなゲームのハズなのに、負けが込んだり考えが詰まってしまうと面白く感じられなくなってしまうという経験が。

ゲームを楽しもうとしてくれているのに、その結果がよろしくないと継続してやりたい!という気持ちも薄れてしまうかもしれません。

どうにかして良い方向に導かないと...という話は後述するので、とりあえず次のカードの話題に。

 

f:id:sasaemachan:20170802194402p:plain

「寄付」

コスト:2

リンクマーカー:1

メインタイプ:行動

サブタイプ:無し

効果:

1点を支払う。そうした場合、あなたは、手札からカード1枚を追放する。

 

コスト付きで手札を1枚追放するカード。手札を追放するので、使ったターンの行動の幅は狭くなりますが、先述の呪いカードや初期デッキに入っている弱いカードを排除することでデッキの純度を上げることができます。

説明していませんでしたが、このゲームには全員同じ初期デッキが配られた状態で始まり、その中にはまたまたゴミ役に立ちにくいカードが入っています。遊戯王で例えるなら召喚不可能な《モリンフェン》が、MtGで例えるなら唱えられない《泥穴》みたいなのが入ってます。

それらをいかに追放しデッキの純度を上げる事ができるか、という戦術が「圧縮戦術」という呼ばれ方で定石として存在します。

 

そして、このカード巡りこんなことがありました。

それは我々がまだ定石なんて考えずとりあえず遊んでいた頃...

 

B君の圧勝でゲームが終了

B「あ、俺のデッキ10枚もないし手札もほぼ確定してたな~」

C「こんなんズルいわ~なんでそんな少ないんや...(絶望)」

B「いや~、寄付でデッキ減らしてほしいカードだけ引き続ければまぁ勝てるかなぁって。」

C「それ面白くないし禁止にせぇへん?」

ワイ「いやいや待て待て。これは戦術として正しいやろ。」

 

B君は場の寄付を掌握し、デッキを超圧縮したうえで継承ポイントを集めて速攻でゲームエンドまで持って行きました。

簡単に考えて、20枚のデッキに入っている20点分の勝利点と、10枚以下のデッキに入っている20点の勝利点なら、後者の方が運にも左右されず引ききるのが早いですよね。

 

たしかに、先に言ったように戦術としては効率的且つ勝利に近づけるものだと思いますが、効果で楽しもうとしているプレイヤーから見ると

「ストイックすぎてつまらない。面白くない。」

と思われるようでした。

 

結果としてB君は「勝ちに行くために勝てるプレイをした。」という事になり、

それによってC君は「勝ちにしかこだわらないプレイスタイルはつまらない!」と否定したわけです。

 

・・・これどっかで見たことあるな...?

 

そう、この2つの事例はTCGにおける「ファンプレイヤーがトーナメントプレイヤーのことをゲームとして楽しんでいない!」と主張したり「トーナメントプレイヤーがファンプレイヤーのスタイルは舐めプで真剣に考えてない!」と主張する現象に似ているのです。いわゆる「ガチとファンの対立」というヤツです。

 

ファンプレイヤーとトーナメントプレイヤーという線引きは曖昧ですし、一概にそういったプレイヤーが多いと言及するわけではありませんが、自分のカードゲームキャリアからこういった事例を何度か聞いたこともありますので、嘘とも言えません。

 

結局のところ先述の会話の件は、こういった戦術もあるよ~という結論で場を収め、その後は戦い方の一つとしてちゃんと受け入れてくれました。

しかしながらこういったいさかいが起きそうになったのは事実なので、どうにかしてこのぶつかり合いを収められないか、この場面に遭遇したあと必死になって考えました。

 

勝つカードゲームと楽しむカードゲーム

f:id:sasaemachan:20170802183049j:plain

画像引用元リンク:Parlez Vous Vorthos? | MAGIC: THE GATHERING

参考記事リンク:Timmy, Johnny, and Spike - MTG Wiki

 

カードゲームの殿堂MtGにおいては、このようなプレイヤーの分類がされているそうです。(要約)

Timmy:ゲームに楽しい体験を求めるプレイヤー層

Johnny:ゲームに自分らしい戦い方やコンボを求めるプレイヤー層

Spike:ゲームに勝利や困難な挑戦を求め、より高度なプレイを追及するプレイヤー層

 

これらすべてのプレイヤー層は個別ではなく、同時に2種類の思考を持つプレイヤーも存在したり、お互いに考えを理解することをネット上では推奨する意見も多い。

 

この傾向同士でねじれが発生してしまうと、前述したことのような会話が生まれてしまうのです。

 

僕自身の考え方として(どの考え方を支持するという意味ではありませんが)一つ例に挙げるとするならば

「スパイクと呼ばれる人たちは必ずティミーを経験している。」

ということが主軸にあります。

 

考えてみてください。プロ野球選手になりたいと思っている人が「プロはサラリーマンよりお金が稼げるしオフシーズンでまとめて休めるのが効率的」と言ってプロを志すことはまずないでしょう。その根底にあるのは、親や兄弟と子供の頃野球で遊んだという経験が楽しくて、プロ選手に憧れをもって、野球というゲームの楽しさに魅かれて、というものがあるはずです。

カードゲームも右に同じです。始めた瞬間から勝利しか見ずに突っ走る人なんていません。イラストが好きだったり、卓上ゲームが好きだからやってみるというようなところから入った結果、勝つことが楽しくなったり、ゲームプレイが楽しくなったりと分岐しているのです。

つまり、ゲームプレイの終着点としての勝ちという概念はどの層のプレイヤーも知っていて、スパイクプレイヤーも楽しむことを知らずにプレイしている訳ではない事が理解できるので、両者は共存し得るということです。

 

とくにハートオブクラウンというゲームにおいては、2人~4人対戦で、1対1のゲームよりは多様な戦術を目撃し相手にすることとなります。その中で、考えの違いなどで争いが起きないようにするために大事になってくることはやはり、

「相手とコミュニケーションを取る」ことです。

前回記事と結論が同じじゃないか(呆れ)

...でも結局のところカードゲームはコミュニケーションゲームなんですよね。

でも今回のコミュニケーションとは、ゲーム中の会話というよりはゲームの前後にあります。

やはりカードゲームは効果や使い方に関して造詣が深い人が風上に立てる、という事が言えるので、その知識をプレイヤーに広めるということが必要だと考えます。

前提としてゲームをよく理解した人が必要になってしまいますが、例えば呪詛の魔女」の案件に関して言うと、効率的な使い方や使うべきではない場面といった勝利に導くことができる運用方法を共有したり圧縮戦術に関しても同じで、圧縮に対抗できる戦い方やカード選びという知識を共有することで知識の統一をはかる。

そうやってゲームの流れを誰もが理解できるようになれば、勝利に近づく過程でティミーとして楽しんでみたり、ゲーム中にコンボを発見したらジョニーになってみたり、勝利に一気に近づけると感じた時にはスパイクな戦術も取れるというような、多様な戦術の認識が必要なんじゃないかなと思います。

 

もちろんティミーがスパイクを酷く嫌悪しているというな考えがあると成立はしません。こればっかりは説明してあげるしかないと思います。

ですが、その「嫌悪」も相手を知らないから引き起っていることなのだと自分は考えています。それぞれがどういう考えでゲームを楽しんでいて、どういう考えで勝利を欲しているか。これをお互いに理解しあえれば、より楽しくプレイできるんじゃないかなと感じています。

 

さいごに

また長いだけの駄文になってしまいました!申し訳ないです!

一応これで一旦は研究(失笑)の記事は一通り書けたかなあという気がします。自分としてもこれだけ足跡を残せたなら本望です。

これら研究記事3部作でどれだけの人に自分の小さな研究が伝わったかは知る由もないですが、少しでもいいな、面白いなと思っていただけたなら嬉しいです。

 

当方更新頻度は少ないですが、Twitterでも似たようなことを言ったりするので何か意見や感想あればブログのコメント欄やリプライ等で教えていただけたらもっと嬉しいです!

twitter.com

 

それでは、また次の記事で。